帰宅途中のある電車の会話の記録

「やあ、君は1867年の大政奉還の後の慶喜公の生き様を知ってるかい?」

「ヨシノブ?」

「徳川の最後の将軍だよ、参ったな。慶喜公を知らないか。とにかく彼は明治にかけて優秀なカメラマンになったんだ。 時の権力を握った人が、芸術家としての才能を開花させたんだ。美しいと思わないか?」

「うん」

「それで、僕は決心したんだ。自分が死ぬ時は美しい芸術家として死ぬってね。いいかい、君は僕が音楽家だという事を知ってるね?」

「うん」

「僕は寝る前に毎日4小節の音楽を作ってるんだ。そして、それが溜まった時に、それが僕の遺書になるんだよ」

「そうなんだ」

「僕のお葬式に、それが流れる。今の段階では、それはとても悲しい曲になるはずだよ」

「でも毎日4小節も作り続けるのは大変だね」

「大変だ。なあ、君はベートーベンやモーツァルトを知ってるね? 僕は彼らに『近しい世界』に生きてるんだと思う。 毎日、自分が死んだ時に流される、自分が作曲した曲について考えている。 彼らは死について考えながらあの名曲の数々を作ったのだろうか? いや、僕ほどではないね。それはとんでもない壮大な曲なんだ」

「そうなんだ。すごいな」

「いいかい、その曲はね、彼らが使えなかったエレキギターを使ってる。 観衆は拍手喝采。

キィィィェェェイィィというギターが鳴り続けている中、僕は朽ち果てる。僕はその音の中で死んでいるんだけど、観衆は拍手喝采なんだ。ねえ、君、それって想像できるかい。とにかくギターが鳴り響いてるんだ」

「すごいね。壮絶な最後だ」

「そうだろ。 あー、今日も4小節を作らなきゃなんだ。僕が死ぬ時には最終的にその曲は12分を超えてるだろう。でもね、君、僕の悩みは何だかわかる?」

「わからない」

「その曲が流れる時には僕は息耐えてるって事なんだよ! こんな理不尽な事がある? 僕は僕が作った曲を『これで完成だ』と感じられないまま、死んでいくんだよ! それを分かった上で、僕は今日も4小節を作り続けるんだ。それもね、言ったね、とてもとても悲しい曲だ。悲しい曲になるようにコードを捻ってるんだ」

「そうなんだ。つらいね」

「つらいさ! ところで、1867年、何が起きたか覚えてる。日本が変わった瞬間。 僕の人生は1867年に魅力されたままなんだ」

「ヨシノブ公?」

「そう、慶喜公。 彼は美しかった。ねえ、ところで君。その背の高さを僕にくれないかな? 前から君には言ってるね? 君の背の高ささえあれば、僕は僕の世界において、全てが思い通りになる気がするんだ」

「そうなったとしたら、君のチリチリのロングヘアーを僕に分けて欲しいな」

 

 

 

以上、新宿区から北区に向かう電車で交わされた会話を、一切の脚色抜きに記録として留めたことをここに記す。

 

2017.4.28

増田晋作